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アジア研究クラスター

氏名 鄭 柚鎮(チョン ユジン)
研究者データベース(オリジナルサイト)
業績一覧
研究室志高館279
E-mail: yjeong@mail.doshisha.ac.jp
jeong

研究分野

脱植民地主義
ジェンダー論

プロフィール

2004年秋のことだったと思いますが、研究とはどういう営みなのか、という問いに没頭した時期があります。
また、それは何を学びに留学したのかといった自分に対する問いを改めて想起してみる作業でもあったと思います。
研究するという過程を成り立たせるひとつの方法は議論することなので、それは教員であれ、友達であれ、著者であれ、誰かと一緒でなければできない共同作業ということになります。
ゆえに、研究には、程度の差はあるにせよ、変わる/変えるという二種類の動詞が同時進行する関係的な側面が存在します。
「東アジア平和と人権」「歴史認識とジェンダー」などの科目を担当しますが、平和という言葉、あるいは歴史認識という「知」の問題は、そうした可能態としての身体感覚に深くかかわっているように思います。またそれは事実を確認していく作業というより、模索や志向にかかわることでもあるでしょう。

学生へのメッセージ

修士課程のとき、グラウンド・ソフトボールという競技についてはじめて知りました。投手が地面にハンドボール用のボールを転がし、打者がそのボールの音の響きを感じ取ってバットで打つ目の不自由な人向けの野球です。
すべての選手は、地面から伝わってくるボールの音に集中し、その感触を全身で味わいながら、競技にのぞみます。
笑顔になったり、結構真剣になったりしながらグラウンド・ソフトボールを楽しむ彼らをテレビで見て、思いついたことがあります。
「視覚障害」者と呼ばれる<彼ら>は、150キロの球速と俊足に熱狂する<私>とどう違うのだろうか。
『ボディ・サイレント』の著者であるR・マーフィーは「障害者は、一般人と種を異にする無縁の他者なのではなく、むしろ人間的状況一般の隠喩」と論じます。「人間的状況一般の隠喩」とはどういうことでしょうか。
体の不自由さをめぐる問題を、個々人の「障害」(所有の対象)としてみなすか、「人間的状況」に関わる社会環境の問題として捉えるか、あるいは「健常者」「健全者」といった概念自身を論点として提起するか。もし、二つ目、三つ目のほうに重点をおいて考えるならば、よくいわれる「人権的配慮」といった言葉は、再設定に迫られることになります。
研究という関係に、あるいは「知」とみなされるすべての領域にいかなる問いを立てるのかをともに議論していきたいと思います。

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